「ウェブ時代5つの定理」を読んで感じたこと

 2年前の「ウェブ時代をゆく」のレビューをmixiで 書いたときに「梅田氏は(スポンサー以外は)自分より若い人しか会わないらしいので、きっと会う機会はない(笑)。」書いたのだが、思いもかけず、「シリコンバレーから将棋を観る」全訳プロジェクトの関係で梅田さんにお会いする機会があった。今まで梅田氏の新書は皆読んでいたが、これを契機に今まで読んでいなかった著書(「ウェブ時代5つの定理」と「シリコンバレーは私をどう変えたか(オリジナル及び文庫版)」)を読もうと思った。
 というわけで、まず「ウェブ時代5つの定理」。出版より1年以上遅れだが、書評と言うより、この本を読んでいろいろ考えたことを書いてみよう。
 ウェブ進化論以来、梅田氏の本やブログには多くの共感や賞賛と同時に強い批判が向けられた。
・今さらこんな当たり前のことばかりを書いている、とか、
オープンソースweb2.0などの言葉を単純化して提示し、読者に誤解を与えている、とか、
・ウェブ(あるいはグーグル)の良い面ばかりを書いて、暗黒面をまるで見ていない、とか、
・日本の現状を知らずに、オプティミズムを説き、若者をたきつけている、とか、
・梅田氏の著書は、一部の頭の良い人、優秀な人、恵まれた人にしか向いていない、とか。
 思うに、梅田氏はこのような批判ははじめからみな百も承知で、織り込み済みで書き続けてきたのだと思う。「梅田の書くことくらいのことは、俺はみんなわかっているぞ。梅田は何もわかっておらん」と言わんばかりの批判に梅田氏がどんな思いでいたか、まではわからない。しかし、こうした批判を乗り越えて余りある内容のモノを著書やブログの中で書き続けてきたのだ。
 「今さら当たり前?単純化?」新しい時代の変化を多くの読者にこのようにわかりやすく書いた本があっただろうか。難しいことをわかりやすく書くほど、難しいことはないのだ。
 「ウェブ(グーグル)の良い面ばかりを書く?」問題だって知らないわけでは全くないが、悪い面ばかりをあげつらうのが格好いいのではない。バランスの取れた見方をすれば、むしろ十分取り上げられていなかった良い面に光を当てるべきなのだろう。
 「日本の現状を見ず、オプティミズムを説く?」日本の現状を知り、むしろそれを憂えているから、あえてオプティミスティックな表現をして、良い意味で、日本の若者をアジテートしているのだ。最近、日本の若者のエネルギーが少なくなっているような気がしてならない。恋愛だけではなく、生き方まで草食動物的になっているみたいだ。若い人がもう少し前向き、外向きにならないと日本の将来は困ってしまうよ。梅田氏のように厳しくも暖かく励ます人はもっともっと必要だ。
 ただ、最後の点は私も同じような印象を持ったことがあった。「梅田私塾」に入塾が許されるのは、せいぜいA−くらいまでの人材で、CやDはおろか、B+の人間も入れないんじゃないか?梅田氏の呼びかけに本当に反応できるのは恵まれた環境にいる、ごく一部の人ではないか。多くの読者は最初に興奮を覚えて、その後とても自分には及びもつかないと考えるのではないか。
 こうした点も多分梅田氏は自覚しているのだろう(特にネット上の著書に関する感想を読みながらだんだんそれに自覚してきたように思える)。梅田氏は、それでも日本の社会を良くしようと、社会の良質の部分に働きかけて、ポジティブな発言を続けてきている。「第5定理:大人の流儀」に引用される文章にはそうした梅田氏の希望が反映しているように見える。
 自分は組織にいる人間であり、ウェブ時代をゆくの大組織適応テストでも丸が多くついて、起業する予定もないし(笑)、技術者でもない。だから本の中では第5定理:大人の流儀の部分が一番自分の身に置き換えやすかった。若い人の流儀を尊重し、まだ何者でもない若い人をエンカレッジしていく−第5定理には、自分の考えているところそのままの部分が多かったから共感を覚えた。

 「5つの定理」の書評にちっともなっていないが、この本も他の梅田本と同様、読者にいろいろ考えさせ、インスピレーションを起こさせる本だと思う。一つ文句をつけると、この本の英語も勉強になると言いながら、英語部分は、文字が小さく、細く、とても読みにくい。やっぱり年長の読者は念頭に置いていないのか、と思ってしまったり(笑)。この点、半分星減点。

 このレビューを書いていたら、『日本のWebは「残念」 梅田望夫さんに聞く(前編)』という記事がウェブに掲載されたのを知った。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0906/01/news045.html
「5つの定理」の中でも懸念を示した匿名性の文化を憂え、何だかいつになく元気のなさそうなインタビューだ。だが、シリコンバレーに戻って、将棋をネット観戦すれば、また元気になると思います。サバティカル中でも将棋については引き続きいろいろと書いて欲しいですね。
PS:http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20090601/p1 (将棋の本の話が出ないと思ったら、そういうことか。記事はすごいアクセス数なんだそうです。)