「シリコンバレー精神 グーグルを生むビジネス風土」(梅田望夫)を読んで

シリコンバレー精神 -グーグルを生むビジネス風土 (ちくま文庫)

シリコンバレー精神 -グーグルを生むビジネス風土 (ちくま文庫)

 この本の中身である書簡が書かれたのは、1996年から2001年。元の「シリコンバレーは私をどう変えたか」出版が2001年8月。「ウェブ進化論」出版が2006年2月、おそらくそのヒットを契機に文庫本化されたのが同年8月。今、このレビューを書いているのが、2009年6月。時の流れの中で、読まれ方も変わってくるのではないかと思う。レビューを見ると、オリジナルの本より文庫版の方が、評価が高い。これは、ウェブ進化論を読んで高揚させられた精神で読者が文庫版に向き合うことになるのと、「文庫版のための長いあとがき−シリコンバレーは精神で生きる」が時代を切り取る、優れた文章になっているからだろう。

 文庫版出版後の大きな出来事は、2008年以来の世界金融危機、経済危機だ。金融危機を引き起こした、最新の金融工学に支えられたマネーゲーム、拝金主義的思想は、日本だけなく、世界中で批判を浴びた。ウォール街マネーゲーム精神とシリコンバレー精神は天地ほどの差があると思うが、日本人はある種の共通性を感じたかもしれない。文庫版のあとがきで、ライブドアのことが言及されているが、普通の日本人はライブドア堀江貴文氏の活動に関して、インターネットに関する技術革新についての感慨は持たず、(善悪は別として)日本的ではないマネーゲームの新しさ、いやあえて言えば「うさんくささ」を感じていた。(私個人は、堀江氏がもてはやされていたときにはうさんくさいと思っていたし、起訴されて袋叩きに遭っていたときには、こんなに批判されるのはおかしいと感じていたが。)乱暴に言ってしまえば、「一攫千金」、「錬金術」と称されるようなお金の増やし方に批判的だったのだ。そう言えば、村上世彰氏も似たような賞賛と大批判を浴びた。
 シリコンバレー精神は、お金のためというより、自分が心底好きだ、面白いと思うことに全精力をかけ、未来の世の中を(望むらくは良い方向に)変え得る技術やサービスの創出のために苦闘する、行動するということだろう。だから、批判されたウォール街精神とはまったく違うのだが、それでもシリコンバレーでは「一攫千金」的なマネーゲームが起きていて、うさんくさいグローバリゼーションを後押ししているという風に日本では思われているかもしれない。これは考え過ぎなのだろうか。
 しかし、この本や「ウェブ時代5つの定理」で描かれるシリコンバレー精神は、「変化を面白がる楽天主義」、「リスクを取って行動する精神」であり、お金のことは別問題だ。内向きになりすぎている今の日本には、特に若い人には注入されてしかるべき精神なのだと思う。
個人的には、この本の中では、パシフィカ・ファンドなど著者と岡本行夫さんとのプロジェクトに関心が向かわざるを得なかった。2003年、岡本さんは首相補佐官としてイラク復興に深く関わり、私自身もイラク復興支援の過程で岡本さんと知り合うことになり、イラクに一緒に行くことにもなった。その際に、「最近しょっちゅうシリコンバレーを訪問している」と言う話をしていたが、IT技術に強い関心を持っているにもかかわらず、日本のインターネット上でどんなことが書き込まれているかについて、とても疎いのに驚いた記憶がある。日本のウェブ上の世論がとても「残念な」事情に、岡本さんはナイーブだったのだ。
 当時、イラク復興のために、私が思うに「日本やイラクのために良いことなのだが、きっと事情がよくわかっていない世間のつまらぬ批判を浴びるだろう」ことを岡本さんは企画した。そして、やはり批判を浴びた。政治的に利用されたと言うこともあるが、ネット上では個人情報的なことも含め、あることないことひどい非難、中傷が書き込まれ、岡本さんはかなり傷ついたようだった。こうした批判が起こったとき、日本のウェブではバランスが取れない。中庸の取れた、モノのよくわかった意見を持っている人はネット上で書き込みなんてしないのだ。(もっとも、岡本さんは自分のやったことをみじんも後悔していないし、今は過去の中傷も気にしていないだろう。)
ということで、数日前のIT media Newsの記事(梅田氏のインタビュー)、数日前のエントリーとつながってくる(笑)。私は、日本のウェブが残念かどうかはわからないが、誰かの足を引っ張る議論が前に出がちで、内向きになりすぎている日本の現状はちょっと残念だ。しかし、希望がないかと言えば、最近の身の回りのことだけを考えても決してそんなことはないし、小さな事でも自分で起こし得る変化は起こして行きたいと考えている。
 レビューから離れてしまったが、文庫版のための長いあとがきだけでも読む価値のある本だと思う。