ウェブ観戦記に期待するもの

 ITmediaのインタビューについては、梅田さんは、My Life Between Silicon Valley and Japanブログで、お騒がせしてすみませんと謝っているように見えます。謝ることは全然ないと思いますが、今回の流れを見ていると、ある意味で梅田さんへの期待や評価がそれだけ高かったんだ、と改めてわかった感じです。梅田ブログで「僕の気持ちに一番近い」と紹介されたブログの梅田望夫進化論 - モジログ。さすがに達意の文章でわかりやすく、説得力があります。(何と言っても本人お墨付きですが。)

 今日の本題は、9日からの棋聖戦のリアルタイム観戦記について。棋聖戦第一局の観戦記を書きに行ってきます。 - My Life Between Silicon Valley and Japan
 20世紀のタイトル戦観戦記は、まずは主催紙の新聞紙上に1〜2週間遅れで掲載され始めるものだった。もちろん、勝負の決まった翌日の新聞には棋譜や対局後の対局者の感想が掲載されるが、それだけを見て(棋譜だけを追って)どんな将棋だったかを理解するにはかなり高い棋力がいるし、それぞれの指し手の持つ意味を理解するのはプロ並みの棋力が必要だ(いや、プロでもそれはなかなかむずかしいかもしれない)。通常の愛棋家にとっては適切な解説とともに、初めてその対局の価値がわかるというものだ。野球の結果だけを知るか、スポーツニュースでハイライトを見るか暗い、あるいはそれ以上の違いがある。さらにその主催新聞を取っていなければ、タイトル戦を鑑賞するのは、1ヶ月近い時差で掲載される将棋世界だったりする(週刊将棋というメディアもできたが)。今でも活字メディアの報道のスピードは20世紀と大して変わらない。
 だが、絶妙手を見たときの興奮を実際の対局から1週間遅れで味わうというのは、詰まらない。私は、升田の△3五銀も中原の▲5七銀も谷川の△7七桂も対局から何日もたって知ったものだった。

 観戦記の内容も独りよがり、つまり観戦記者がは面白いと思っていることばかり書いているものも依然として少なくはない。読者の関心は多様だ。もちろんわかりやすくて、詳しい指し手の解説も読みたいし、対局者の様子や心理状態、昼ご飯に何を食べたか(観戦記の定番!)、控え室の形勢判断、大盤解説に来たファンたちの雰囲気、そうしたものの積み重ねが観戦記に期待されるものだろう。しかし、新聞の観戦記スペースは限られているし、多くのファンの関心を同時に満たすのは上手の観戦記でもなかなか難しい。

 20世紀も終わり頃から、一部のタイトル戦はNHK・BSテレビで速報解説が行われるようになったが、なかなか見やすい時間帯には放映されない。この数年は、タイトル戦ではインターネットの中継が行われるようになった(名人戦は有料だが)。この中継には、解説が交じることもあり、速報性では全く新たな状況が生まれた。しかし、細切れの中継をリアルタイムで追っていくことは堅気のサラリーマンにはできない。会社でも役所でもそんなことは許されない。プライベートな時間になって、いち早く結果と将棋の詳しい内容を知ることのできるウェブ観戦記は、対局鑑賞の革命だと言っても過言ではない。ウェブ上に掲載されるリアルタイム観戦記は、同時にでも対局直後にでも、1年後でも好きな時に気軽に読める。梅田氏は「リアルタイム性と分量無制限」という優位性、と端的に表現しているが、ウェブ観戦記は将棋や囲碁を観るのに最適のツールとして生まれたとも言える。さらに、梅田氏は、観戦記を書く前に、対局に関連して観戦記の中で触れたくなるであろう素材をウェブ上に用意するという周到な準備をして臨んでいる。書く側にとってはかなり負担が大きいと思うが、これもウェブ観戦記ならではのやり方だろうと思う。これだけの模範、手本が示されていながら、何故梅田氏に続くウェブ観戦記が出ないのだろうか。

 棋聖戦では、すでに多くのことが書かれている羽生名人より、これだけ勝ちながら勝てない(タイトルがとれない)千駄ヶ谷の受け師木村九段に迫ってほしい。攻めの手より理解が難しいことが多い受けの妙手を指した時にプロ棋士の助けを得て、その手の背景を解き明かしてほしい。佐藤や深浦、渡辺と対峙したように木村九段の個性に迫っていただきたい。昼食やおやつの報告もよろしく。これを楽しみにしている指さない読者も多いのです。