「勝ち続ける力」羽生名人の本

 羽生名人と翻訳家の柳瀬尚紀氏の対談本、というより柳瀬氏の羽生名人のインタビュー本である。6月に買ったけれど、読み終えるのが遅くなってしまった。
 羽生善治の言葉は、将棋について語るときに、将棋にとどまらず、社会の未来、人生のあり方についての深い洞察を示す。これほど力を持つ言葉は日本の中でも滅多に見つからない。一方、将棋から離れて発せられる羽生の言葉は、それなりにユニークだが、将棋に関わる言葉ほど深遠ではない。そこが面白い。
 本の中で、羽生について「道を究めた人」という表現が出てくるが、羽生はむろん奥義を究めたなど全く思っていないだろう。「将棋の神様と比べれば、プロ棋士は何%くらいか」、というやりとりが将棋界に時々語られる。模範解答は、数%というものだ。つまり、真の奥義というのは、羽生にとってさえその先の先にあるものだ。羽生は、道を究めることの楽しさを誰より知っている人ということは言えるだろう。それは、羽生が勝ち続けているから、味わえる楽しさかもしれない。羽生が、負けになったとしても、難しい局面になると嬉しい顔をするというのは、いつも勝っている人の特権ではないかと感じる。
 将棋を世界に広めるという、一銭にもならない活動をしている私にとって、羽生の言葉、「将棋をもっともっと総合的に認識し直して、その中から、どれだけの価値を提供できるのかを追及しなければなりません」「将棋界と離れたところでどれだけ(将棋に)価値を見出してくれるかが、今後は大事になってきます」はとても勇気づけられる言葉だ。将棋の将来については、実は羽生や柳瀬よりかなり悲観的に感じている。このままでは、凋落の一途をたどるのではないかという心配をしているからだ。羽生の発言のようなことを羽生だけではなく、将棋に携わる人(特に職業として携わる人々が)考えて、実践しないと将棋の将来は厳しいのではないか。
 柳瀬のジョイスについて語る言葉は・・・よくわからない。私の理解も関心も少ないからだろうが。
 対談の合間に挟まれる、「対局のあいまに」という部分は、編集者が羽生や柳瀬の発言やエピソードを紹介しながら対談を補足する。ここでも羽生の発言は面白いが、人工知能と将棋の部分は編集者のちょっと勉強不足ではないか。

勝ち続ける力

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